こちらにも共感
わたしは娘の小学校時代には1度だけ参加したことがありますが、「嫌々」の参加でした。
だいたい、「参加することに意義がある」とか、「参加しないとこどもがかわいそう」とか、「なんでもいいから活動をしている姿を見せる」といった主張を強く感じたから、そんな生産性のない時間を過ごすのはムダ以外の何者でもないと感じていた。
そんなのやりたい人がやればいいし、やりたくもない人を無理矢理参加させたって問題解決にはならないどころか、足をひっぱるだけなんじゃないかな。
日本は、こういったどうでもいいことに気をつかう習慣があるってものすごく感じる。
例えばお掃除。外国のように学校のお掃除なんか専門の業者に頼めばいいのではないかな。なんとなく、お掃除を一生懸命すること、やっている姿を見せること、参加することが一般的に「良いこと」といった感じになっていく。そうすると、そういった考え方が小さいころから習慣となって、結局大人になっても抜けきらない。PTA活動に参加することに意義があるとか、やっている姿を見せるとか、こどもの頃からの延長なのでは?
学校のお掃除を業者に依頼するとか言ったら、「お掃除をする人の気持ちがわかる」とか批判されそうだけど、そもそも生徒が自らお掃除をする私たち日本だって、公共の場を汚す人なんか山ほどいるわけで、それはまた別問題なんじゃないかな。
とにかく外国のお掃除道具は機能的で簡単にお掃除ができるように考えられているものが多いし、お掃除に関していえば、また違う発想があるわけだから業者に頼んでもなんの問題はないはず。
余計なところで罪悪感を感じるような環境をこどもの頃から作っているんだよね。そんな暇があったら、もっと生産的な時間を過ごすほうが良いと感じるな。
そう考えると、せっかく菊池桃子さんが主張してくれたけど、PTAへの任意参加を気持ちよく浸透させるには、日本人の考え方とか教育のありかたを変える必要があって大人だけの問題じゃないから数十年はかかるよね。
なんでもやりたい人がやればいいんですよ~。
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