とうとうQ1が終わり

Q1の受験期間も終わり。とうとう受験しないで終わりました。

この間、好きなことをしながらも、これからどうしていこうかって考えていました。考え方とか、物事の捉え方で毎日の幸福度は変わってくるのだと思うけど、こんなに自分の人生について考えたのは初めてかも知れない。

勉強を一生懸命頑張っている人からみれば、「何をやっているのだろう」って呆れるかもしれないけど、なんだか、自分を俯瞰して見てみると、自分のやってることなんか、宇宙から見ればゴミみたいなものだし、何をやっても何かが変わるわけでもないし、何かをやらなくても死ぬわけじゃないし。。。なんて考えに行き着いてしまう。

この間も書いたけど、仕事や勉強に夢中になれたのは、娘がまだ小さくて、少しでも良い仕事をして贅沢ができればって思いでそうなっていたんだと思う。で、娘も独立して、私がいなくてもしっかりやっていけるって状況になった今、そんなに働く必要もなくなり、そもそも、嫌なことや辛いことに耐えられる気力も、こうなると出てこなくなる。

そして、毎日の殆どの時間を仕事に費やすことについて、「生きている間の時間つぶし」にしか感じなくなってしまった。だったら、楽で、適当にできて、自分の楽しめる時間を持ったほうがいいかなって考えるようになった。

多くの人は、自分が何か、または、誰かに認められることに生きがいや楽しみを感じるんだと思う。そして、そのことを仕事に求める人が多いだけなのかな。

私の場合、特に大切に感じない職場の人たちに認められることはまったく意味がなくて、むしろ、まったく知らない他人でも、困っている人を助けらたほうがいいなって思う。

でも、実際の仕事ではそんなこととは程遠い、内部統制だとか、決算早期化とかものすごく力を入れていて、特に私の会社のような中小企業にとっては迷惑の何者でもない。。限られた人員で、容赦なく増えていく仕事。もう限界。自分の時間を犠牲にしてまで、そういうことに時間を費やしてやりがいは勿論ないし、エンドレスで増えていく仕事に達成感なんか感じない。

そもそも、辛い思いや大変な思いをしていっぱいお金を稼いでも、十分な時間がないために、外食やタクシーでお金を使う。ストレスでお金を使う。だから、いっぱいお給料をもらってもプラスマイナスゼロ、それどころか、嫌な思いをした分だけマイナスな気がする。

「会社」という仕組みにはまって多忙になり、自分を見失っていくことに本当に納得が行かない。で、そうしないと生活が成り立たないということも、また納得がいかない。そんなに好きでもない会社のための人生じゃないし。

この間テレビを見ていたら、過疎化が進めば「地方に企業を。。」なんて発想しかないし。 少子化が進めば「お金」でどうにかしようとするし。。。お金をもらえるから子供を生むのですか?考え方が完全にズレてる。

税金を軽減してもらえることは良いかもしれないけど、過疎化や少子化を企業を作るということやお金から切り離して考えられないのだろうか。仕事やお金の問題ではないと思う。多くの人は仕事やお金が原因だと信じているのかもしれないけど、それは、勘違いで、もっと根本的な人間の本来の姿を忘れているんだと思う。みんな、社畜になっているから、過疎化や少子化が仕事やお金が原因で起きていると思うのだと感じる。

何かを考えるときに、本来の人間としての大切なモノを中心に考えるべきだと思う。今は、仕事とお金を中心に考えているからうまくいかないのだと思う。国力なんか弱くたっていいと思うし、むしろ、人間的な部分を大切にするほうが長期的にみれば国力は上がるんじゃないかな。

もっと自由な時間が増えて、時間やお金に追われず、自分自身をもっと素直に表現できて、そうすると、人にも優しくできて、少しはまともな世の中になるんじゃないかなって、今日はどうしようもないことに息詰まりそうになった。

 




コメント

  1. 東山 より:

    初めてコメントします。
    石田さんとは、受験時期が一部重なっていたこともあり、ちょくちょくブログを訪問しておりました。
    他の人のブログにはコメントをしない主義なのですが、今回は、特別と言うことで投稿させて頂きます。
    まず、いくつか前の記事で、「仕事で帰宅が連日午前様」と言った様な記事がありましたが、その状態で、長い間、試験勉強されていたのは凄いと思います。
    昨年の石田さんは、「モチベーションを上げる為の読書」に凄く執着しており、少々違和感を感じておりましたが、あの記事を読んで、モチベーションを上げざるを得なかった理由が良く分かったりしました。
    ただ、無茶し過ぎと言う気もします。
    例えてみれば、限界を超えてトレーニングに励むアスリートが、更に自分にムチを打って、傷ついている様で、読んでいて痛々しかったのも事実です。
    無責任な発言かもしれませんが、「連日午前様の帰宅」と言うのは無理があります。
    確かに、仕事の都合で午前様になる事も、たまにはあるのでしょうが、そうなった翌日は、少し遅く出社したり、仮病を使って午後早退とかのちょっとした「要領」を使う事はダメでしょうか?
    また全般的なアドバイスの様で誠に恐縮ですが、「自分から積極的に攻めるというのではなく、肩の力を抜いて、流れに身を任せると言う考え方」を持つのはどうでしょうか?
    特に良いことも悪いこともなく、淡々と過ぎていく日常ですが、その中でも、ちょっとした喜びを感じながら、過ごしていく事は大切だと思っております。
    現在の与えられた環境の中で、その都度(行き当たりばったりだったりしますが)、ベストな方法を選択してゆく事くらいしか、現実問題として、私も含めた大多数の凡人には出来ないと思っております。
    そういう人生の「はかなさ」みたいのを受け止めつつ、日常の雑事をリラックスしながらこなせると、素晴らしいと思うですが。

  2. Ishida より:

    東山さん、コメントありがとうございます。びっくりしました。仰っていることが図星で。。 人の気持ちがそんなにわかるってすごいです。
    すっかりブログの内容がネガティブになってしまいすみません。読んでいる方にも嫌な気持ちが伝わりますから、最近は誰にも知らせていないブログに思ったことをひたすら書いたりしています。
    適当に息を抜くことは、やっているのですが、ただ、休んだら休んだ分だけまた仕事がたまり、また長い時間働き、また休み。。。の繰り返し、エンドレスです。
    ここ1-2日のうちに、少しだけ変化がありました。仕事を辞める準備として、安い部屋を借りようと、見学にいったのですが、とても住める部屋ではなくて、「やっぱり頑張ろう」なんて単純ですが思えたこと、それから、転職先が決まる前に辞める勇気はないので、ただただひたすら目の前のことを淡々とやって、夜の9時までは毎日仕事をして、それでも終わらないものは特別な場合を除いてやらないことにしました。ある意味開き直りですが、そう決めたらすごく気が楽になりました。
    勉強は、まだ心の底から「やるぞ~!」って気にならず、自然に、心の底からモチベーションが上がってきたときが私のやるときだと思って、少しお休みします。
    本当に優しいコメントをどうもありがとうございました。とても嬉しいです。

  3. 東山 より:

    少しは、お役に立てた様で、こちらも嬉しいです。
    >すっかりブログの内容がネガティブになってしまいすみません。
    私も含め、試行錯誤しながら何とか精神のバランスを取っているのが人間ですから、そういう時期もありますよ。
    >ある意味開き直りですが、そう決めたらすごく気が楽になりました。
    そうですよ。
    開き直らないとねえ。。。。
    私は大手企業で管理職をしておりますが、「俺がミスっても、せいぜい会社が潰れる位の事で、誰かが死ぬわけじゃないし。」と最終的には思っております。
    (その意味では、本当の意味で、仕事に妥協が許されないのは、医者だけだと思っております。)
    >勉強は、少しお休みします。
    石田さんの場合は、今まで人一倍の努力で、多くの事を達成してきたので、もう「能力証明作業」は止めていいんじゃないかなあとは思います。(偉そうで、すいません。)
    これからもブログを楽しみにしております。
    東山

  4. Ishida より:

    東山さん、いつもありがとうございます。とても嬉しいです。すごく気持ちが楽になりました。やっと週末ですね。素敵なお休みを過ごしてください。わたし、がんばります!